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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2002号 判決

控訴人

株式会社壮大自然郷

右代表者

太田成一

右訴訟代理人

小林芝興

補助参加人

山本健治

右訴訟代理人

君塚美明

被控訴人

渡辺璋好

右訴訟代理人

天坂辰雄

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とし、参加によつて生じた訴訟費用は補助参加人の負担とする。

事実《省略》

理由

一1  請求原因の1の事実は、当事者間に争いがない。そこで被控訴人が、本件和解に定められた「所定の賃料の支払を三回以上怠つたとき」という条項に該当するかどうかについて考える。

2 控訴人は、被控訴人に昭和四九年九月、一〇月、一一月の三回の賃料遅滞があつたから、当然解除となつたと主張する(右主張が、「三回分以上」を意味することは、控訴人の主張及び立証の経過に照らし明らかである。)が、以下に説示するとおり、被控訴人が賃料を右三回分以上遅滞した事実は、認められない(後記二)。

3 しかし、右条項の解釈としては、およそ次の三通りが考えられる。すなわち、(イ)各月末日までに当月分の賃料を完済しなかつたという約定違反の事実が三回生じたとき、(ロ)現に完済となつていない月が三箇に達したとき、(ハ)未払賃料が三回(三箇月)分以上に達したとき、以上のとおりである。そして請求原因の4ないし6及び7の(一)によれば、被控訴人は、昭和四九年七月分について遅滞があつたこと、同年九月分の一部及び同年一〇月、一一月分について合わせて遅滞があつたことを自認しているから、右(イ)(ロ)の解釈によれば、被控訴人の主張自体右条項に該当する。しかし、右該当とするとした場合でも、以下に説示するとおり、当裁判所は、控訴人の本訴請求は、理由がないと判断するものである(後記三)。

二1  請求原因の4の事実は、当事者間に争いがない。控訴人は、右昭和四九年八月三日支払の一万八〇〇〇円は、賃料が同年四月から一箇月一万二〇〇〇円に増額されたことによる、同年四月、五月、六月分の差額合計六三〇〇円と同年七月分の一万二〇〇〇円との支払いに充てられたもので(この場合、三〇〇円不足するが。)、従つて同年九月、一〇月、一一月分が遅滞になつていると主張する。そこで賃料が、右四月から増額されたとみるべきかどうかについて検討する。

請求原因の2の事実は、当事者間に争いがなく、右事実と〈証拠〉を総合すれば、補助参加人が、昭和四九年五月にした右賃料増額の意思表示は、同年四月分以降一箇月一万二〇〇〇円に値上げする趣旨のものであつたこと、しかし被控訴人としては、従前賃料が比較的低廉であつたこともあつて、例年異議なく四月分以降の増額に応じてきたものの、昭和四九年五月の右申入れについては、月額九九〇〇円はすでにほぼ近隣なみに達しているとの見地から、今後とも毎年の増額に応ずべきか否か躊躇する気持があり、かねて賃料計算の基礎とされていた契約坪数が、実測面積より若干狭いことについて、補助参加人に配慮を申入れていた経緯もあつて、例年とは異なり、即座に増額を承認することなく、然るべき機会に話し合いをしようと考え、従つて、協和銀行小山支店の自動送金サービスに関しても、その毎月の金額につき増額の手続をとるには至らなかつたことが認められ、他に、被控訴人が、昭和四九年四月に遡つて賃料を月額一万二〇〇〇円に増額することに同意した事実を認めるに足りる証拠はない。

証人渡辺妙子及び被控訴人本人は、右一万八〇〇〇円は、昭和四九年八月、九月分として送金した(この場合、一八〇〇円不足する。)と供述しているところ、右各供述によれば、被控訴人は、協和銀行小山支店に自動送金の手続をとつていることでもあり、また、〈証拠〉によれば、その当時被控訴人(株式会社オーシャン)の資金事情は、決して十分でなかつたことが認められるから、わざわざ二箇月分の賃料を先払いするのは不自然であるとの感がないわけではないが、証人渡辺妙子及び被控訴人本人が、八月は預金が不足勝ちであること、本件訴訟上の和解があるから、賃料を遅滞してはいけないという意識が強く働いていたこと、たまたま保育園児の保育料として一万八〇〇〇円が入金したこと、これが他の用途に充てられることを警戒したことなどを供述しており、右各供述は、措信するに足りるから、八月、九月分として支払つた旨の供述も不合理とはいえない。

また、〈証拠〉を総合すれば、被控訴人は、昭和四九年七月一五日頃協和銀行小山支店から、九九〇〇円を自動送金した旨の通知を受けたので、真実は送金がなされず、右通知は誤りであつたが、七月分の送金がなされたものと信じていたことが認められるから、この点からも、右一万八〇〇〇円のうちに昭和四九年七月分の賃料が含まれていたとする控訴人の主張は全体として採用することができない。

なお、〈証拠〉中には、控訴人主張のような計算をした数字の書込みが認められるが、何人が何の目的でそれを記載したものかを明らかにする資料がないから、前記判断を左右するに足りるものではない。

2  右に説示したところによれば、被控訴人が昭和四九年八月三日支払つた一万八〇〇〇円は、同年七月分の九九〇〇円と同年八月分の同額のうち八一〇〇円に充当され、同年八月一六日に支払つた九九〇〇円は、右八月の残金一八〇〇円と同年九月分の九九〇〇円(後述のとおり、当時未だ増額されていなかつた。)のうち八一〇〇円に充当されたと解するのが、当事者の合理的意思に合致するものというべきである。

3  右のとおり弁済が認められるから、被控訴人が昭和四九年九月、一〇月、一一月の三箇月分の賃料を遅滞したとの控訴人の主張は、採用することができない。

三前述したところによれば、被控訴人の自認するとおり、被控訴人は、昭和四九年九月分の残金一八〇〇円及び同年一〇月分、一一月分の各九九〇〇円を遅滞したものというべきである。この場合、賃貸借契約の当然解除が認められるかどうかについて考える。

1  〈証拠〉によれば、補助参加人は、昭和三九年一〇月被控訴人に対し、本件土地を賃貸したが、被控訴人において再三賃料遅滞の事実があつたので、昭和四六年八月二三日賃貸借契約を解除し、建物収去土地明渡の訴を提起し、右訴訟事件において本件和解が成立したことが認められ、かような和解成立の経緯によれば、所定の賃料の支払を三回以上遅滞したときは何らの通知催告を要しないで当然解除となる旨の、賃借人にとつてかなり厳しい条項が定められたことも、理由のないことではないが、一方、賃貸借契約は、当事者間の信頼関係を基調とする継続的債権関係であるから、単に所定の賃料の遅滞があつただけでなく、無催告で当然解除の効果を認めても不合理とは認められないような事情が存在するときに、右条項が適用されると解するのが相当であり、このことは、訴訟上の和解において右条項が定められた場合でも同様である。

2  そこで、本件の諸事情について検討する。

(一)  前説示によれば、昭和四九年七月分の九七〇〇円の遅滞は三日である。また、〈証拠〉によれば、被控訴人は、昭和四九年一二月補助参加人に対し、同年九月分から一二月までの賃料合計四万八〇〇〇円(一箇月一万二〇〇〇円)を弁済のため提供したことが認められるから、遅滞は、同年九月分の残金一八〇〇円につき七〇日、同年一〇月分の九九〇〇円につき三九日、同年一一月分の九九〇〇円につき九日である。なお、被控訴人が、右のとおり、同年九月以降一箇月一万二〇〇〇円宛を提供したのは、被控訴人本人尋問の結果によれば、同年一二月初旬補助参加人から、賃貸借契約は当然解除となつた旨の通告を受けたので、いそいで右解除の効果を避止すべく、遅滞賃料を九月分まで含めて一括提供すると共に、できるだけ賃貸人の意向にそうため、やむなく増額の要求に応じたものと推認することができる。かように、後日やむなく増額に応じたものであるから、本件解除の効果を論ずる場合は、右一万二〇〇〇円を基準とするのは相当でない。

(二)  〈証拠〉を総合すれば、被控訴人は、本件和解後は、とくに賃料支払に遅滞がないように意を用い、補助参加人が、固定資産税の増額に合わせて賃料の増額を求めた場合には、すべてこれに応じ(前示のどおり、昭和四九年を除く。)、一度も増額巾について紛争を生じたことはなかつたこと、従来、賃料の支払は、平和相互銀行の支店長である補助参加人の口座に宛て、同銀行小山支店から毎月振込送金をして行つていたが、昭和四八年五月、補助参加人の指示によるとして、右小山支店の窓口で右振込送金の取扱いを拒絶されたこと、そこでやむなく被控訴人は、自己が代表取締役を勤める訴外株式会社オーシャン(当時の商号は、株式会社オーシャンレーンサービス)の取引銀行である株式会社協和銀行小山支店を通じ、便宜株式会社オーシャンの口座を利用して送金手続をとることとし、同月一六日同支店に対し、翌六月以降右株式会社オーシャンの口座から補助参加人の平和相互銀行口座に毎月一五日に(これは、約定の支払期限である月末より先払いである。)九九〇〇円宛を振込送金する自動送金サービスを依頼し、以後右自動送金の方法によつて、四月に遡つて増額された月額九九〇〇円の賃料の支払を続けてきたことが認められる。なお、前示のとおり、被控訴人は、昭和四九年八月三日手許の現金一万八〇〇〇円を先払いとして振込送金した。

(三)  〈証拠〉を総合すれば、被控訴人は、昭和四九年九月以降の右自動送金の中止を協和銀行小山支店に申し出た事実はないのに、何故か右九月以降自動送金の取扱いが中止され、従つて同年九月、一〇月、一一月の各一五日になされるべき送金がなされず、そのために遅滞が生じたこと、被控訴人は、右中止を、昭和四九年一二月初旬補助参加人から解除の通告を受けてはじめて知つたこと、もつとも、その頃株式会社オーシャンの資金事情は苦しく、その預金口座にも余裕がなかつたが、被控訴人は、他の手形の支払などは、右小山支店から預金が不足している旨の通知を受け、いそいで資金を補充して決済をすませ、不渡りを出すことなく切り抜けてきたこと、右自動送金中止の結果と推測されるが、本件賃料の支払については、預金不足の通知がなされなかつたが、若し右通知がなされれば、右と同様、資金の補充によつて送金が可能であつたと推測されること、現に自動送金の約定日に当たる昭和四九年一〇月一五目には株式会社オーシャンの預金口座に五万九五〇三円の預金があつたこと、ただ、昭和四九年九月、一〇月、一一月分については、右小山支店から送金済の通知がなかつたのであるから、被控訴人は、何らかの異状があることに気付くべきであつたこと、以上の諸事実が認められる。

(四)  前示のとおり、昭和四九年七月分の自動送金による支払がなされていないのに、被控訴人が、右支払がなされたものと誤信したのは、やむをえない事情があつた。

(五)  一方、〈証拠〉によれば補助参加人は、さきの訴訟が和解により終了したのちも、そのような解決にあきたらず、日頃何とか本件賃貸借のくびきをのがれたいものと考え、たまたま昭和四九年九月、一〇月、一一月の三箇月分の賃料に遅滞が生じたとして、被控訴人に催告はおろか注意、問合わせをすることもなく、好機逸すべからずとして、賃貸借契約解除の通告に及んだものであること、そればかりでなく、被控訴人の土地明渡を一層不可避のものとすべく、土地問題の紛争に経験の深い控訴人に、本件土地を更地価額の四割程度に当たる代金一六〇〇万円で売却し、その処置に委ねてしまつたことが認められる。

3 およそ本件のような条項のもとにおいて、賃料の支払に遅滞のある場合、それが支払意思の欠缺または支払資金の不足によるときは、一般に当然解除の結果を甘受すべきものとなるであろう。しかし、右認定の諸事実によれば、本件の場合、被控訴人が、遅滞の生じないよう種々意を用いたことはいうまでもなく、また前記のような遅滞が生じたについては、支払資金の不足がその原因となつたものでなく、その原因は、誤つて送金済の通知がなされたこと及び故なく自動送金が中止されたことに胚胎するものであると解される。被控訴人が右中止の事実に気付かなかつた点は、同人に全く落度がなかつたとはいえないけれども、支払の手順を整えたうえでのことであり、これをもつて、支払を放置した場合と同視することはできない。その他右認定の諸事情を考慮すれば、本件賃貸借の無催告による当然解除を認めることは合理的とはいい難く、従つて前記条項は、本件の場合に適用されず、当然解除の効果は生じないというべきである。

四以上の次第で、昭和四九年九月、一〇月、一一月の賃料の遅滞を理由とする右解除の効果は生じていないとの事由に基づいて、本件和解調書の執行力の排除を求める被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は、相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却し、控訴費用及参加によつて生じた訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九五条、第八九条、第九四条を適用し、主文のとおり判決する。

(杉田洋一 蓑田速夫 加藤一隆)

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